優しさが出てこない自分に戸惑うとき
人に対して、
以前ほど優しくなれないと感じるときがあります。
相手の話を聞いても、
言葉が心に入ってこない。
返事をするのが、
少しだけ重たく感じる。
冷たくしたいわけではない。
距離を取りたいわけでもない。
ただ、
自然に湧いていたはずの余裕が、
見当たらない。
そんな自分に気づいたとき、
戸惑いや、
小さな罪悪感を覚える人もいるようです。
「自分は変わってしまったのだろうか」
「思いやりが足りなくなったのだろうか」
特に2月の後半は、
人とのやり取りが、
少しだけ負担に感じやすい時期でもあります。
会う回数が増えたわけでもない。
大きなトラブルがあったわけでもない。
それでも、
対人関係の中で、
じわりとした疲れが溜まっている。
その感覚を、
どう扱えばいいのか分からず、
自分の内側で、
静かに抱え込んでいる人もいるのかもしれません。
優しさが枯れたのではなく、内側に戻っている
一般的には、
人に優しくできない状態は、
心が狭くなっているとか、
余裕がなくなっていると捉えられがちです。
もっと気を配ろう。
もっと思いやろう。
そうやって、
外へ向かう力を増やそうとする。
けれど、
別の見方もあるように思えます。
レイキの視点で見ると、
優しさが出てこないときは、
それが枯れたのではなく、
内側に戻っている途中、
という状態であることもあります。
エネルギーが、
外へ広がるよりも、
内側を整える方向へ向かっている。
そのとき、
人に向けて使っていた感覚が、
一時的に、自分の内側へ引き戻される。
感情が内向きになる時期には、
外の出来事に対して、
反応が薄くなることもあります。
それは、
冷たくなったからではなく、
内側の調整が優先されている、
という見方もできそうです。
2月後半という時期は、
まさに、
そうした内向きの流れが、
自然に起きやすい時間帯なのかもしれません。
感情が内向きになる時期に起きやすいこと
人に優しくできないと感じるとき、
その理由を、
性格や心の在り方に求めてしまうことがあります。
「自分は冷たいのかもしれない」
「余裕のない人間なのかもしれない」
けれど、
そう結論づける前に、
身体や感覚のほうへ、
そっと意識を向けてみると、
違う景色が見えてくることもあります。
たとえば、
人と話したあとに、
どっと疲れが出る。
一人の時間になると、
少しだけ呼吸が深くなる。
それは、
人を拒んでいるというより、
刺激を受け取る回路が、
すでにいっぱいになっている状態なのかもしれません。
感情が内向きになる時期には、
外の感情を受け止める余白が、
一時的に小さくなることがあります。
誰かの喜びや不安に触れる前に、
自分の内側で起きていることに、
意識が向いてしまう。
その結果、
以前のように、
自然な優しさが出てこないと感じる。
けれど、
それは、
優しさが失われたのではなく、
向かう先が変わっているだけ、
とも言えそうです。
今は、
外へ差し出すよりも、
内側で感じ直すことが、
優先されている。
無理に外へ出そうとすると、
かえって、
ぎこちなさや疲れが増すこともあります。
優しくできない自分を、
正そうとしなくても、
いいのかもしれません。
無理に外へ出さなくてもいい時間
人に優しくできないと感じる時期があっても、
それだけで、
何かが欠けていると決めなくても、
いいように思います。
今は、
優しさが内側を巡っている途中なのだと、
感じる人もいるようです。
外に向けて使わなくても、
内側で静かに息をしている。
無理に広げなくていい。
無理に与えなくてもいい。
そのままの感覚で、
人との距離を、
少しだけ保ちながら過ごす。
そんな時間もまた、
流れの中の一部なのだと思います。

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