年が明けると、
世の中は少しだけ空気を変えます。
カレンダーが新しくなり、
挨拶が「おめでとう」に変わり、
どこかで「切り替えなければ」という声が
聞こえてくるようになります。
けれど、その一方で——
自分の内側は、
昨日と何ひとつ変わっていないように感じる。
やる気が湧くわけでもなく、
前向きな気分になるわけでもなく、
ただ、いつもの朝と同じように目が覚める。
そんな自分を見て、
「このままでいいのかな」
「ちゃんと始まれていない気がする」
と、不安になる人もいるかもしれません。
でも、レイキの視点で見ると、
この“何も変わらない感じ”は、
とても自然なことでもあります。
切り替えは、意志で起きるものではない
私たちはよく、
「気持ちを切り替える」という言葉を使います。
でも本当は、
切り替えは“しようとして起きるもの”ではなく、
静かに整った結果として、あとから起きるものです。
水が濁っているとき、
無理にかき混ぜても透明にはなりません。
ただ、そっと置いておくと、
澱は自然に沈み、
水は自分のタイミングで澄んでいきます。
年の変わり目も、
それとよく似ています。
外側の区切りが先に来て、
内側は、少し遅れてついてくる。
それなのに、
内側まで一緒に変わらせようとすると、
心はかえって疲れてしまうのです。
「変わらない自分」を置いていかない
新しい年に向かうとき、
多くの人が無意識に
“今までの自分”を置いていこうとします。
・去年うまくできなかった自分
・まだ迷っている自分
・はっきりしない感情を抱えた自分
それらを「もう終わりにしたいもの」として、
心の後ろに残したまま、
前へ進もうとする。
でも、レイキの世界では、
自分を置き去りにした前進は、前進とは呼びません。
どんな状態の自分も、
今ここまで生きてきた存在です。
その自分を連れずに進もうとすると、
エネルギーは自然と分断され、
「進んでいるはずなのに苦しい」
という感覚が生まれます。
何も変わらない=止まっている、ではない
何も変わらない日々は、
一見すると、止まっているように見えます。
昨日と同じ朝。
同じ道を歩き、
同じ景色を見て、
心の中も、特別な変化は感じられない。
「前に進めていない気がする」
「このままでいいのだろうか」
そんな思いが、
ふと胸の奥に浮かぶこともあるかもしれません。
けれど、
変わらないという状態は、
必ずしも“止まっている”ことと
同じではありません。
レイキの視点で見ると、
外側に動きが見えない時期ほど、
内側では、
とても深いところで調整が起きていることが多いのです。
表面が静かなとき、水面の下では
湖の水面が
風ひとつなく静まっているとき、
その下では、
水が完全に止まっているわけではありません。
目には見えない流れがあり、
温度の違いがあり、
ゆっくりと、
全体のバランスが整えられています。
人生も、それとよく似ています。
表面では何も起きていないように見えても、
意識の深いところでは、
これまでの経験や感情が
静かに混ざり合い、
次の流れへ向かうための
組み替えが進んでいることがあります。
それは、
無理に意識しなくてもいい変化で、
言葉にしなくても進んでいる変化です。
「何も起きていない」と感じる時ほど、
エネルギーは外に向かう準備を、
内側で整えているのかもしれません。
置いていかなくていいもの
新しい年が始まると、
「何かを変えなければ」
「去年とは違う自分にならなければ」
という空気に、
知らず知らずのうちに包まれます。
けれど、
変わらない自分は、
変化を拒んでいるわけではありません。
ただ、
今はまだ、
次の場所へ行く準備をしている途中
なのかもしれない。
心や身体は、
とても正直です。
無理に前を向こうとすると、
重たくなったり、
気持ちが離れたりします。
それは「怠け」ではなく、
「待ち」のサイン。
何かを始める前に、
一度ちゃんと足場を確かめたい、
という、内側からの声です。
生かされている流れは、止まっていない
レイキの視点で見ると、
私たちは一人で生きている存在ではありません。
呼吸も、鼓動も、
出会いも、別れも、
すべては
「生かされている流れ」の中で起きています。
その流れは、
人の都合や、
カレンダーの区切りに合わせて
切り替わるものではありません。
だから、
年が変わっても気持ちが変わらないのは、
流れが止まっているからではなく、
まだ同じ流れの中にいる
というだけ。
川が急に向きを変えないように、
人生の流れもまた、
静かに、緩やかに
方向を変えていきます。
何もできない日の、静かな役割
何もしたくない日。
何も決められない日。
ただ時間が過ぎていくように感じる日。
そういう日は、
「無駄にしている」と
思われがちです。
でも実は、
とても大切な役割があります。
それは、
余白をつくること。
余白がなければ、
新しいものは入ってきません。
ぎっしり詰まった予定や思考の中に、
新しい流れが入り込む隙間はないのです。
何も起きていないように見える時間は、
次の流れが入るための
静かな準備時間でもあります。
変わらないまま、少しずつ進んでいる
変わらない自分を許すと、
不思議なことが起きます。
「変わらなきゃ」という力が抜け、
呼吸が深くなり、
心に余白が戻ってきます。
その状態になると、
人は自然と、
必要な方向へ引かれていきます。
無理に決めなくても、
無理に始めなくても、
ある日ふと、
「今日はこれをやってみようかな」
と思える瞬間が訪れる。
それが、
本当に動き出すタイミングです。
この1月を、うまく過ごさなくていい
1月は、
何かを成し遂げる月ではなく、
「まだここにいる自分」を
確かめる月
なのかもしれません。
変われなくてもいい。
始められなくてもいい。
立ち止まっていてもいい。
それでも、
生かされている流れは続いています。
変わらない自分も含めて、
今のあなたです。
そのままの自分と一緒に、
新しい年を歩いていけばいい。
急がなくても、
置いていかなくても、
ちゃんと、
必要なところへ辿り着きます。
最後に
もし今、
「何も変わっていない自分」に
少しだけ安心できたなら。
それは、
もう十分な始まりです。
今年は、
無理に始めなくていい年。
生かされている感覚が、
また自然に戻ってくるまで、
静かに、ここにいましょう。

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