整えようとしすぎると、整わなくなる理由

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整えているはずなのに、疲れが残るとき

「整えよう」と思えば思うほど、
かえって疲れてしまう。
そんな感覚に、
心当たりのある人もいるようです。

セルフケアをしているはずなのに、
どこか息が詰まる。
ヒーリングの時間を取っているのに、
終わったあとに、
すっきりするよりも、
少し消耗している感じが残る。

休もうとしているのに、
休めていない。
整えようとしているのに、
緊張が抜けない。

その矛盾に、
戸惑いを覚えることもあります。

「やり方が間違っているのだろうか」
「もっと丁寧にしなければならないのだろうか」

そう考え始めると、
整えること自体が、
ひとつの課題や作業のように感じられてくる。

特に2月の終わり頃は、
心身の調子を保とうとする意識が、
いつの間にか強まりやすい時期です。

崩れないように。
遅れないように。
置いていかれないように。

その思いが重なる中で、
「整える」という行為が、
知らず知らずのうちに、
力の入ったものになっていることもあるのかもしれません。


整えようとする意識が、緊張を生むこともある

一般的には、
整えることは、
良いことであり、
続けるほど効果が出ると考えられがちです。

ケアを重ねる。
意識を高める。
状態をチェックする。

そうした姿勢は、
確かに、
安心感をもたらすこともあります。

けれど、
別の角度から見ると、
「整えようとする意識」そのものが、
緊張を生んでいる場合もあるようです。

レイキの視点では、
エネルギーは、
押し動かすものというより、
通っていくものとして捉えられることがあります。

何かをしようと力を入れた瞬間、
流れは、
かえって細くなる。

整えようと意識を集中させるほど、
身体は、
微妙に構えてしまう。

その構えが、
ヒーリングを、
「感じる時間」から
「やるべき作業」へと変えてしまうこともあります。

本来、
通っていくはずのものを、
つかもうとしたときに、
手の中に残るのは、
緊張だけだった、
という感覚に近いのかもしれません。

ヒーリングが「作業」になってしまう瞬間

整えようとしすぎているとき、
身体や心は、
微細な緊張を抱えたままになることがあります。

深呼吸をしているはずなのに、
どこか息が浅い。
静かに過ごしているのに、
内側では、
「これで合っているだろうか」という確認が続いている。

それは、
回復しようとしているというより、
状態を管理しようとしている感覚に、
近いのかもしれません。

ヒーリングが「作業」になる瞬間には、
うまく通っているかどうかを、
頭で見張っている自分が、
そっと立ち上がっています。

感じようとする。
整えようとする。
良い状態に戻そうとする。

そのすべてが、
悪いわけではありません。
けれど、
力が入りすぎると、
本来、
自然に起きていた調整が、
止まってしまうこともあるようです。

レイキは、
「やるもの」ではなく、
「通るもの」だと表現されることがあります。

何かを加えなくても、
操作しなくても、
流れは、
必要なところを通っていく。

その前提が、
ふと抜け落ちたとき、
整える行為が、
負担として感じられ始めるのかもしれません。

何もしない時間には、
役割がないようでいて、
実は、
もっとも多くの調整が起きていることもあります。

何かを感じようとしない。
変えようとしない。
整えようともしない。

その余白の中で、
エネルギーは、
自分の経路を、
思い出していくのかもしれません。


何もしない時間が、流れを思い出す

整えようとしすぎて、
少し疲れてしまったとき。

それは、
回復が遠のいているサインではなく、
一度、
手を離してもいいという合図なのかもしれません。

何かをしなくてもいい。
感じ取ろうとしなくてもいい。

ただ、
そのままの状態で、
時間が流れていくのを許す。

何もしない時間の中で、
整いは、
すでに、
静かに始まっているのだと思います。

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