春に向かう前に、何も決めなくていい時間

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決めなければならない気がしてしまう頃に

2月の終わりが近づくと、
まだ春は来ていないのに、
どこか落ち着かない気持ちになる人がいるようです。

何かを決めなければならない気がする。
このままでいいのだろうか、と
自分に問いかけたくなる。

3月という言葉が、
少し先の未来として意識に浮かび始める頃。
新しい流れや切り替わりを、
無意識のうちに想像してしまうこともあります。

まだ何も始まっていないはずなのに、
準備が遅れているような感覚。
答えを出していないことが、
不安として立ち上がってくる。

けれどその一方で、
はっきりした決断を下すほどの確信もなく、
動き出すほどの勢いも感じられない。

決めたい気持ちと、
決められない感覚が、
同時に存在している。

2月末という時間は、
そんな矛盾を抱えやすい地点なのかもしれません。


決断より先に、流れは始まっている

一般的には、
節目の前には、
方向性を決めておくことが勧められることが多いようです。

計画を立てる。
目標を定める。
次の段階へ備える。

そうした姿勢は、
確かに安心感をもたらします。

けれど、
すべての流れが、
「決めること」から始まるわけではない、
という見方もあるように思えます。

レイキの視点で見ると、
流れは、
意志で切り替える前に、
すでに動き始めていることがあります。

まだ名前もついていない変化。
まだ形になっていない方向性。
それらが、
水面下で、
静かに進行している。

その最中に、
無理に決断を下そうとすると、
かえって、
流れを掴み損ねてしまうこともあります。

今は、
決めるよりも、
感じ取るほうが自然な時期。

2月の終わりという時間は、
まさに、
その「間」に位置しているのかもしれません。

空白の時間が、静かに整えているもの

何も決められない時間が続くと、
人は、
その空白を「遅れ」や「停滞」として感じてしまうことがあります。

決まっていない。
定まっていない。
白紙のまま置かれている。

けれど、
空白の時間には、
何も起きていないわけではないようです。

意識の奥では、
これまで積み重ねてきた感覚が、
静かに整理されていることもあります。

どれを残すのか。
どれを手放すのか。
どこまでを次へ持っていくのか。

それらは、
頭で決めるというより、
時間の中で、
自然と選別されていくこともあるようです。

今決めなくても、
流れが止まるわけではありません。

むしろ、
まだ言葉にならないものを、
無理に決断という形に押し込めないことで、
流れが保たれていることもあります。

「決めない」という状態は、
優柔不断でも、
逃げでもなく、
今の感覚を守るための、
ひとつの在り方なのかもしれません。

2月末という時期は、
まさに、
そうした空白が、
必要とされやすい時間帯のように感じられます。


「決めない」ことが支えになる時期

春に向かう前に、
何も決めなくていい時間があっても、
それは、
立ち止まっているということではないのだと思います。

今は、
動き出す前の、
呼吸を整える時間。

答えを出さなくてもいい。
方向を定めなくてもいい。

ただ、
この空白を、
そのまま抱えながら、
季節が移っていくのを感じる。

決めないことが、
支えになる時期も、
確かに、
存在しているのだと思います。

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