春になると、理由のわからない不調を感じるとき
春になると、
理由のはっきりしない不調を感じる人もいるようです。
身体が重い。
眠りが浅い。
頭がぼんやりする。
気分が上がらない日が続く。
大きな病気ではなさそうだけれど、
「いつも通り」とも言えない。
そんな状態が続くと、
どこか不安になってしまうこともあります。
春は、本来なら、
軽やかで前向きな季節。
そう思っている分だけ、
不調を感じる自分を、
どこか間違っているように
捉えてしまう人もいるかもしれません。
けれど、
その違和感は、
何かが崩れているサインでは
ないのかもしれません。
切り替わりの途中で、調子がずれること
季節が切り替わるとき、
身体や心は、
想像以上に影響を受けます。
気温の変化。
光の量。
生活リズムの揺れ。
そうした要素が重なると、
これまで保たれていたバランスが、
一時的にずれることがあります。
そのずれは、
「異常」というより、
調整の途中で起きる揺れ
とも言えそうです。
機械が切り替わるとき、
小さな音が鳴るように、
人の内側でも、
切り替えの合図のような反応が
現れることがあります。
だるさや、違和感は、
その“音”のようなもの
なのかもしれません。
切り替えの途中に起きる反応は、
必ずしも心地よいものとは限りません。
身体が追いつかない感じ。
気分が定まらない感じ。
いつもより、少し不安定に思える感覚。
それらは、
「整っていない証拠」として
受け取られがちですが、
別の見方もできそうです。
流れが変わるとき、
いったん古い調子が外れ、
新しいバランスが探されます。
その過程では、
一時的に不安定さが前に出ることもあります。
それは、
壊れているというより、
切り替わろうとしている状態
なのかもしれません。
不調として現れる、調律のプロセス
春の不調を感じるとき、
心はつい、
「元に戻さなければ」
と考えてしまいます。
早く回復しようとする。
以前の調子を取り戻そうとする。
その思いが強いほど、
今の状態を否定する方向へ
意識が向いてしまうこともあります。
けれど、
不調として感じているものの中には、
「戻る」のではなく、
「切り替わる」ための動きが
含まれていることもあります。
身体のだるさは、
無理を減らそうとするサイン。
気分の落ち込みは、
ペースを落とす必要を知らせる合図。
眠りの変化は、
新しいリズムを探している途中。
そう捉えると、
今の違和感は、
敵ではなく、
知らせとして存在している
とも言えそうです。
不調を感じたとき、
それをすぐに消そうとしなくても、
「今、切り替えの途中かもしれない」
そう思うだけで、
受け取り方が少し変わることもあります。
不調を感じるとき、
私たちは、
それを早く「静かな状態」に戻そうとします。
いつも通りに動けるように。
問題なく過ごせるように。
波立たない状態に戻すことが、
正解のように感じられることもあります。
けれど、
切り替えの途中にある不調は、
無理に消そうとすると、
かえって長引いてしまうこともあります。
今の身体や心は、
何かを訴えているというより、
調律をしている最中なのかもしれません。
少し音が外れ、
少し違和感が出る。
そのあとで、
新しい調子に合っていく。
そうした過程の中では、
完全に「快適」ではない時間が
含まれていることもあります。
春の不調は、
立ち止まれという命令ではなく、
これからの流れに合わせて
調子を合わせ直すための
合図のようなもの
とも考えられそうです。
その違和感は、切り替え音かもしれない
春に感じる不調を、
悪いサインだと決めつけなくても
いいのだと思います。
今すぐ整わなくても、
はっきりした理由がなくても、
その違和感は、
切り替わりの途中で鳴る
小さな音なのかもしれない。
音が消えるのを待ちながら、
静かに、
今の場所にいてもいい。

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