やる気が出ない日が続くとき、内側で起きていること

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動けないまま時間だけが過ぎていくように感じるとき

気づけば、
何日も同じような感覚が続いていることがあります。

やらなければいけないことは、
頭ではわかっているのに、
身体がついてこない。

少しだけ手をつけても、
すぐに止まってしまう。

その繰り返しの中で、
「このままで大丈夫なのだろうか」と、
静かな不安が広がっていくこともあるかもしれません。

周りは、
いつも通りに動いているように見える。

それに対して、
自分だけが立ち止まっているような感覚。

何かが足りないのではないか。
どこかが間違っているのではないか。

そんな思いが、
少しずつ心の中に重なっていくこともあるようです。

けれど、
その「動けなさ」には、
別の意味が含まれていることもあるのかもしれません。

やる気が出ないのではなく、流れが変わっているのかもしれない

やる気というと、
何かを前に進めるためのエネルギーのように
捉えられることが多いかもしれません。

けれど、
その流れが弱まっているとき、
単に「足りない」というより、

別の方向へと動きが変わっている、
そんな見方もあるのかもしれません。

たとえば、
外に向かっていた意識が、
内側へと戻ろうとしているとき。

これまでの流れをそのまま続けることに、
どこかで違和感が生まれているとき。

そのとき、
表面的には「やる気が出ない」という形で、
動きが緩やかになることがあります。

それは、
止まっているというよりも、
流れが切り替わる前の、
静かな揺らぎのようなものかもしれません。

動けなさの奥で、静かに進んでいるもの

やる気が出ない状態が続くとき、
私たちはつい、
その状態をどうにかしようと力を入れてしまうことがあります。

「このままではいけない」
「動かなければ」

そうした思いが、
静かに自分の内側を押し始める。

けれど、
その力が強くなるほど、
かえって動きにくさが増していくような感覚が
生まれることもあるようです。

それは、
本来の流れとは別の方向に、
意識が向いているサインなのかもしれません。

たとえば、
何かを進めようとする力と、
今はまだ留まりたい感覚が、
同時に存在しているとき。

その二つの間に、
小さな引き合いが生まれて、
結果として「動けない」という形になることがあります。

そのときの内側では、
ただ止まっているのではなく、

何かが静かに整理されていたり、
次の流れに向けて、
見えない準備が進んでいることもあります。

はっきりとした形にはならないまま、
感覚だけがゆっくりと動いている。

その過程は、
外からはほとんど見えないけれど、
確かに存在しているものなのかもしれません。

そして、
その状態に対して
評価を加え始めたとき、

「できていない」という視点が、
さらに重さを増してしまうこともあります。

本来は、
ただ通り過ぎていくはずだった静かな時間が、

評価によって、
長く留まっているように感じられることもある。

そんな流れも、
どこかにあるのかもしれません。

何もしていないようでいて、流れの中にいる時間

やる気が出ない時間は、
何かが欠けている時間というよりも、

流れがゆるやかに変わっていく途中の、
静かな間(あいだ)なのかもしれません。

外に向かっていたものが、
一度内側に戻り、
形にならないまま整えられていく時間。

その中では、
何も起きていないように見えても、
確かに何かが動いていることもあるようです。

だから、
すぐに動こうとしなくても、
そのままの状態でいることに、
違和感を持たなくてもいいのかもしれません。

止まっているように感じる日も、
流れの中にある一部として、
静かに続いていきます。そのままの呼吸で、
少しずつ時間が進んでいくのを、
ただ感じていればいいのかもしれません。

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