何も感じられなくなるとき、内側で静かに起きていること

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感情が動かなくなったように感じるとき

ふと、
何も感じられなくなっていることに
気づくときがあります。

嬉しいことがあっても、
どこか遠くで起きているように感じる。

悲しいことに触れても、
深く動く前に、
そのまま通り過ぎてしまう。

以前は、
もっといろいろな感情があったはずなのに、

今は、
どこか平らな場所にいるような感覚。

その状態に、
戸惑いや不安を覚える人もいるかもしれません。

「何かがおかしくなっているのではないか」
そんな思いが、
静かに浮かぶこともあるようです。

けれど、
その“感じられなさ”にも、
意味がないわけではないのかもしれません。

感じていないのではなく、静かに閉じられている時間

感情が動かない状態は、
何かが失われてしまったようにも感じられるかもしれません。

けれど、
その状態は「なくなっている」というより、

一時的に、
静かに閉じられているような時間、
とも見えるのかもしれません。

たとえば、
強い刺激や出来事が続いたあと。

内側では、
それを受け止めるための余白が、
少し足りなくなっていることもあります。

そのとき、
感情はそのまま流れ続けるのではなく、

一度、
深い場所に留まり、
表に出てこない形になることがあります。

それは、
止まっているというよりも、

これ以上広がらないように、
やわらかく守られている状態に
近いのかもしれません。

言葉になる前の場所にとどまっている感覚

何も感じられないとき、
その奥では、
わずかな感覚だけが残っていることもあります。

たとえば、
ほんの少しの重さや、
言葉にできない違和感。

はっきりとした感情ではないけれど、
完全に何もないわけでもない、
そのあいだのような感覚。

その状態に対して、
私たちはつい、
「元に戻さなければ」と考えてしまうことがあります。

以前のように感じられる状態を思い出して、
そこに戻ろうとする。

けれど、
その意識が強くなるほど、
今ここにある感覚からは、
少しずつ離れていってしまうこともあるようです。

本当は、
感じられないのではなく、

ただ、
表に出てくる前の場所に
とどまっているだけなのかもしれません。

その場所では、
感情はまだ形を持たず、

波になる前の水のように、
静かに揺れている。

そして、
その揺れは、
急いで動かそうとしなくても、

時間の中で、
自然に輪郭を持ち始めることもあります。

感じられない時間は、
空白ではなく、

まだ言葉にならない感覚が、
内側にあることを知らせている
静かな合図のようにも思えます。

静けさの中で、少しずつ戻ってくるもの

何も感じられない時間の中にも、
見えないところで、
やわらかな動きが続いているのかもしれません。

それは、
無理に呼び起こさなくても、
少しずつ、
自然な形で浮かび上がってくるもの。

静けさの中で、
何も起きていないように見える時間も、

ただ、
内側を通り過ぎていく流れの一部として、
そこにあるようです。そのままの状態で、
少しだけ呼吸を深くしてみるように。

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