整えようとしているのに、うまくいかないと感じるとき
気持ちを整えようとしているのに、
なぜか、うまくいかないと感じるときがあります。
少し落ち着こうとして、
呼吸を意識してみたり、
静かな時間をつくってみたり。
それでも、
思ったように整っていかない。
むしろ、
整えようとするほど、
どこかに力が入っていくような感覚。
「ちゃんと整えられていないのではないか」
そんな思いが浮かんで、
さらに意識が向いていく。
その繰り返しの中で、
かえって落ち着かなさが残ることもあるかもしれません。
整えようとしているのに、
整わない。
その状態に、
少し戸惑いを感じる人もいるようです。
けれど、
その感覚にも、
無理に変えなくていい側面があるのかもしれません。
「整える」という意識が生む、わずかな緊張
「整える」という言葉には、
何かを正しい位置に戻すような、
少しだけ力のある響きがあるかもしれません。
けれど、
内側の状態は、
意図して整えようとするほど、
かえって緊張が生まれてしまうこともあるようです。
たとえば、
落ち着こうと意識した瞬間、
その「落ち着いていない状態」に
注意が向いてしまうことがあります。
そのとき、
整えようとする力と、
今の状態とのあいだに、
わずかな引き合いが生まれる。
その引き合いが、
静かに続いていくことで、
整わない感覚が長く残ることもあるのかもしれません。
整えることは、
何かを変える行為というよりも、
変えようとしない中で、
自然にほどけていく流れとして
現れることもあるようです。
整えようとする力と、今ここにある感覚のあいだで
整えようとする意識が強くなるとき、
その奥では、
いくつかの感覚が静かに重なっていることがあります。
たとえば、
今の状態をどこかで「不十分」と感じている感覚。
もう少し落ち着いていたい、
もう少し静かでありたい、
そんな思いが、
やわらかく存在していることもあるようです。
その感覚自体は、
ごく自然なものかもしれません。
けれど、
それに対して
「整えなければならない」という形で力が加わると、
本来は流れていくはずだったものが、
少しだけ留まりやすくなることがあります。
整えようとする意識は、
未来の状態に向かう力。
一方で、
今ここにある感覚は、
そのまま存在しているもの。
その二つが同時にあるとき、
わずかなズレが生まれて、
結果として、
どちらにも完全には触れられないような
感覚になることもあるようです。
そのとき、
「整っていない」という感覚だけが残り、
そこに意識が向き続けてしまう。
けれど、
整っていないように見える状態の中にも、
すでに緩やかな変化が含まれていることもあります。
呼吸が少しずつ変わっていたり、
身体の力がわずかに抜けていたり。
それは、
整えようとした結果ではなく、
自然に起きている動き。
その小さな変化は、
意識を向けなくても、
静かに続いていくものかもしれません。
何も変えなくても、ほどけていく流れの中で
整えようとしなくても、
内側は、
ゆっくりと形を変えていくのかもしれません。
力を入れなくても、
呼吸は自然に続き、
時間もまた、静かに流れていきます。
何かを変えようとしない時間の中で、
少しずつほどけていくものもあるようです。
そのままの状態で、
ただ、
今ここにある感覚とともにいるように。

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