夏の終わりは、手放しと始まりのあいだにある

夕方の風に、ほんの少しだけ秋の気配を感じる日があります。

まだ暑さは残っているのに、光の色や虫の声が、季節の移ろいを静かに知らせてくる。

夏の終わりには、どこか寂しさがあります。

何かが終わっていくような、取り残されるような感覚。

けれど、その寂しさの中には、次の季節へ向かう準備も始まっています。

私たちは、終わることを失うことのように感じることがあります。

続けてきた習慣。

大切にしてきた関係。

こうありたいと思っていた自分。

手放した方がよいと分かっていても、長く抱えてきたものほど簡単には離せません。

そこには、これまでの時間や思いが重なっているからです。

だから、無理に忘れようとしなくても大丈夫です。

すぐに前向きになれなくても構いません。

終わりを受け入れるには、少し立ち止まり、その時間が自分に何を残してくれたのかを見つめることも必要です。

うまくいかなかったこと。

思いどおりにならなかったこと。

もっとできたのではないかと悔やんでいること。

それらも含めて、ここまでの自分をつくってきた時間です。

夏の間に頑張ったことを、誰かが気づいていなくても。

思うような結果につながっていなくても。

あなたの中には、ちゃんと残っているものがあります。

少し強くなったこと。

自分の限界に気づけたこと。

本当は何を大切にしたいのか、以前より分かるようになったこと。

終わりは、すべてが消えてしまうことではありません。

必要なものは内側に残り、役目を終えたものだけが、少しずつ離れていきます。

季節が変わるとき、木々は何かを失うように見えることがあります。

けれど、それは次の時間を迎えるための自然な動きでもあります。

私たちの心にも、似たような季節があります。

外へ向かって大きく動く時期。

静かに内側を整える時期。

何かを始める時期。

そして、終わらせる時期。

いつも成長し続けなくても大丈夫です。

何かを増やすことだけが、前へ進むことではありません。

もう背負わなくてよい期待を下ろすこと。

自分を苦しめていた考え方を、少し緩めること。

今の自分には合わなくなったものから、そっと距離を置くこと。

それもまた、新しい始まりへ向かう大切な一歩です。

何を手放せばよいか分からないときは、今の自分を重たくしているものを見つめてみてください。

やらなければならないと思い込んでいること。

誰かに認められるために続けていること。

もう終わった出来事を、何度も責める材料にしていること。

すぐに手放せなくても、これはもう必要ないかもしれないと気づくだけで、心の中に小さな隙間が生まれます。

その隙間には、まだ名前のない新しいものが入ってきます。

新しい関心。

新しい出会い。

以前とは少し違う、自分の生き方。

始まりは、いつも大きな決意とともに訪れるわけではありません。

ふと気になったことを調べてみる。

机の上を少し整える。

明日はいつもと違う道を歩いてみる。

そんな小さな変化から、静かに動き始めることもあります。

夏の終わりは、過ぎた時間を悔やむためだけにあるのではありません。

ここまで歩いてきた自分を振り返り、これから持っていきたいものを選び直す時間でもあります。

失ったものばかりを見なくても大丈夫です。

終わったからこそ、受け取れたものがあります。

離れたからこそ、見えるようになったものがあります。

もし今、何かの終わりに立っているなら、急いで次へ進まなくても構いません。

寂しさも、迷いも、そのまま抱えていて大丈夫です。

手放しと始まりのあいだには、何も決まっていない静かな時間があります。

その時間の中で、心は次の季節に合う形へ、ゆっくり整っていきます。

夏の終わりの風が、あなたの中に残った疲れを少しずつ運び去り、これから始まる季節へ向かう、小さな余白をつくってくれますように。

Follow me!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次