今日はなぜか機嫌が悪い。
特別な理由は見当たらないのに、些細なことでイライラしてしまう。
あるいは突然、悲しさが込み上げてくる。
誰かに言われた一言が頭から離れない。
昔の記憶がふいによみがえってくる。
そんな日はないでしょうか。
昨日までは平気だったのに。
朝までは普通だったのに。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
そう思いながら、自分の感情に振り回されているような気持ちになることがあります。
感情の波が大きい日ほど、人は不安になります。
この状態はよくないのではないか。
自分がおかしくなってしまったのではないか。
もっと落ち着かなければ。
もっと前向きにならなければ。
そんなふうに考えることもあるでしょう。
けれど、感情が揺れることは本当に異常なことなのでしょうか。
私たちはいつの間にか、「安定していること」が良い状態だと思うようになっています。
穏やかでいること。
機嫌よくいること。
冷静でいること。
もちろん、それらは心地よい状態です。
けれど人の心は、本来もっと流動的なものなのかもしれません。
空が毎日同じではないように。
風が毎日同じではないように。
感情もまた、常に変化しています。
それなのに私たちは、変化しないことを求めてしまいます。
怒りが出てはいけない。
悲しんではいけない。
落ち込んではいけない。
そうやって感情を抑え込もうとすることがあります。
けれど感情には、消そうとして消える性質はあまりないようです。
見ないふりをしても。
押し込めても。
無理に元気になろうとしても。
どこかでまた顔を出します。
それは困らせるためではなく、自分の存在を知らせるためなのかもしれません。
レイキを学んでいると、エネルギーは流れるものだという考え方に触れます。
流れ続けるからこそ循環する。
流れ続けるからこそ滞らない。
もしそうだとしたら、感情もまた同じなのかもしれません。
怒りも流れ。
悲しみも流れ。
不安も流れ。
喜びも流れ。
私たちはつい、心地よい感情だけを残したくなります。
けれど海が穏やかな波だけでできていないように、人の心もまた様々な波でできているのでしょう。
夏の海を眺めていると、そのことを思い出すことがあります。
静かな日もあれば、荒れる日もある。
小さな波の日もあれば、大きな波の日もある。
けれど海そのものは変わりません。
波が荒れているからといって、海が壊れたわけではありません。
ただ、その瞬間の表情が変わっているだけです。
私たちも似ているのかもしれません。
怒っている自分がいても。
悲しんでいる自分がいても。
不安になっている自分がいても。
本質が失われたわけではありません。
ただ今、波が高くなっているだけなのかもしれません。
感情が激しくなる時というのは、何かが動いている時でもあります。
ずっと押し込めていたものが浮かび上がってくることもあります。
見ないようにしていた寂しさが顔を出すこともあります。
疲れが限界を迎えていることに気づく場合もあります。
そう考えると、感情の波は敵ではなく知らせのようにも見えてきます。
もちろん、揺れている最中は苦しいものです。
冷静にそんなことは思えません。
なぜこんなに苦しいのだろう。
早く楽になりたい。
そう感じることもあるでしょう。
それでいいのだと思います。
波の真ん中にいる時は、波の真ん中にいるしかありません。
無理に高台へ移動する必要はないのかもしれません。
無理に穏やかになろうとしなくてもいいのかもしれません。
感情は時々、ただ通り過ぎるのを待つしかないものもあります。
空に浮かぶ雲のように。
夕立のように。
時間と共に変化していくものもあります。
そして不思議なことに、大きな感情の波を越えた後、人は少し軽くなっていることがあります。
問題が解決したわけではない。
状況が変わったわけでもない。
それなのに、どこか呼吸がしやすくなっている。
そんなことがあります。
それはもしかすると、感情が流れ切ったからなのかもしれません。
海もまた、波を起こし続けることで水を循環させています。
静止しているように見えても、内側では絶えず動いています。
私たちの心も同じなのかもしれません。
だからもし今、感情の波が大きいなら。
そのことだけで自分を責めなくてもいいのかもしれません。
怒りが出ている日も。
悲しみが深い日も。
涙が止まらない日も。
何かがおかしいわけではないのかもしれません。
むしろ心が、自分自身へ戻ろうとしている途中なのかもしれません。
波は永遠には続きません。
どれほど高い波にも、やがて引いていく時間があります。
そのことを頭で信じられなくても。
今はただ、揺れている自分を否定しなくてもいいのかもしれません。
遠くで聞こえる波音のように。
寄せては返す海の呼吸のように。
あなたの中を通り抜けていく感情もまた、大きな流れの一部なのかもしれません。
そしてその流れの奥には、波が生まれる前からずっと変わらず存在している、静かな海そのものがあるのかもしれません。

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