気がつけば、七月も終わりに近づいています。
夏の始まりには、いろいろな気持ちがあったかもしれません。
どこかへ行きたい。
何かを始めたい。
変わりたい。
成長したい。
そんな期待を抱いていた人もいるでしょう。
あるいは逆に、ただ無事に過ごしたいと思っていた人もいるかもしれません。
けれど時間というものは不思議です。
振り返ると、思い描いていた通りには進んでいなかったこともあります。
やろうと思っていたことができなかった。
途中で気持ちが変わった。
何も進まなかったように感じる。
そんな思いを抱える人もいるかもしれません。
夏という季節には、どこか特別な空気があります。
子どもの頃の夏休みの記憶。
青空の眩しさ。
お祭りや花火。
そんな思い出が重なっているからでしょうか。
私たちは無意識のうちに、「夏は特別な時間でなければならない」と感じてしまうことがあります。
充実していなければ。
楽しんでいなければ。
何かを達成しなければ。
そんな言葉にはならない期待です。
SNSを開けば、旅行の写真が流れてきます。
新しい挑戦を始めた人の報告があります。
誰かの楽しそうな日常が目に入ります。
すると知らないうちに、自分の夏と比べてしまうことがあります。
自分は何をしているのだろう。
もっと有意義に過ごした方がいいのではないか。
そんな気持ちが顔を出すこともあるでしょう。
けれど本当に、季節には意味を持たせなければならないのでしょうか。
夏は何かを成し遂げるために存在しているのでしょうか。
もしかすると、それは後から作られた物語なのかもしれません。
自然はもっと静かです。
山は夏だからといって張り切りません。
川は成果を求めません。
蝉は誰かに評価されるために鳴いているわけではありません。
それぞれがただ、その時を生きています。
私たちだけが、季節に意味を求め続けているのかもしれません。
レイキでは、「今ここ」という感覚を大切にすることがあります。
未来のためでもなく。
過去の後悔のためでもなく。
今ここに流れているものを感じる。
その視点から見ると、人生には思った以上に「何も起きていない時間」があります。
けれど、その時間は本当に空白なのでしょうか。
朝起きる。
ご飯を食べる。
仕事をする。
誰かと話す。
眠る。
そんな何気ない一日。
私たちはそれを「特別ではない日」と呼ぶことがあります。
けれど人生の大部分は、そうした日々でできています。
もし特別な出来事だけに価値があるなら、人生のほとんどは価値のない時間になってしまいます。
けれど本当は逆なのかもしれません。
何も起きていないように見える時間の中にこそ、生きている実感は隠れているのかもしれません。
夏の夕方。
洗濯物が風に揺れている。
遠くで蝉が鳴いている。
冷たい麦茶を飲む。
そんな瞬間に、ふと心がほどけることがあります。
誰かに見せるためではない。
成果にもならない。
記録にも残らない。
けれど確かに存在している豊かさです。
私たちは忙しさの中で、それを見失いやすいのかもしれません。
何かを達成しなければ価値がない。
変化しなければ意味がない。
前へ進まなければいけない。
そんな考え方に囲まれていると、今あるものが見えなくなります。
けれど人生は、常に変化だけでできているわけではありません。
立ち止まる時間もあります。
迷う時間もあります。
何も決まらない時間もあります。
そしてそうした時間もまた、人生の一部です。
振り返れば、この一か月の間にも様々な感情があったでしょう。
焦り。
不安。
安心。
寂しさ。
喜び。
理由のわからない疲れ。
言葉にならない違和感。
どれも自然なものだったのかもしれません。
私たちは時々、自分の感情に点数をつけてしまいます。
良い気分は合格。
落ち込んだら失敗。
そんなふうに。
けれど感情は通知表ではありません。
ただ流れていく天気のようなものです。
晴れの日もあれば曇りの日もある。
それだけのことなのかもしれません。
夏を振り返った時。
何かを成し遂げた人もいるでしょう。
何も変わらなかったと感じる人もいるでしょう。
どちらが良いという話ではありません。
人生には外から見える変化もあれば、内側で静かに進む変化もあります。
むしろ大切な変化ほど、後になってから気づくこともあります。
あの時は何も起きていないと思っていた。
けれど振り返ると、あそこが転機だった。
そんなことも少なくありません。
だから今、まだ何も見えなくても大丈夫なのかもしれません。
特別な思い出がなくても。
大きな成果がなくても。
誰かに語れるような出来事がなくても。
この夏が失敗だったということにはならないのでしょう。
生きるということは、本来もっと静かなものなのかもしれません。
朝が来て。
昼が過ぎて。
夜になって。
また次の日が始まる。
その繰り返しの中で、人は少しずつ変わっていきます。
気づかないほどゆっくりと。
木々が育つように。
季節が巡るように。
だからこの夏を、無理に特別なものにしなくてもいいのかもしれません。
充実していたかどうかを測らなくてもいいのかもしれません。
今ここにいて。
今日という日を過ごして。
呼吸が続いている。
その静かな事実だけで十分な夜もあるのでしょう。
窓の外に広がる夏の夜空のように。
何も主張せず、ただそこに在る星々のように。
この季節もまた、静かにあなたの中を通り過ぎていくのかもしれません。

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