思うように動けない日があります。
やらなければならないことは分かっているのに、なぜか手が止まる。
昨日まではできていたことが、今日はひどく重たく感じられる。
そんなとき、私たちはすぐに自分を責めてしまいがちです。
どうしてできないのだろう。
もっとしっかりしなければ。
こんな自分ではだめだ。
けれど、動けないことには、動けないなりの理由があるのかもしれません。
心は言葉を使わずに、さまざまな方法で私たちへ知らせてきます。
眠気として現れることもあります。
身体の重さや、集中できない感覚として現れることもあります。
何となく気が進まないという、小さな抵抗として届くこともあります。
それを怠けや甘えと決めつけてしまうと、心からの知らせを聞き逃してしまいます。
できない自分を責めたくなったときは、少しだけ問い方を変えてみてもよいのかもしれません。
なぜ私はできないのだろう、ではなく。
今の私は、何を訴えているのだろう。
疲れているのかもしれません。
失敗することが怖いのかもしれません。
本当は、その方向へ進みたくないのかもしれません。
誰かの期待に応え続けて、自分の気持ちが分からなくなっているのかもしれません。
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
心の声は、問いかけた瞬間にはっきり返ってくるとは限りません。
ただ、自分を責める手を止めるだけでも、少しずつ聞こえやすくなります。
私たちは、できたことによって自分の価値を確かめようとすることがあります。
仕事を終えた。
予定を守った。
誰かに感謝された。
それらは確かにうれしいことです。
けれど、何もできなかった日のあなたにも、価値がなくなるわけではありません。
できない日は、心や身体がこれ以上無理をしないように、ブレーキをかけている場合もあります。
それは、弱さではなく、自分を守ろうとする力なのかもしれません。
無理に元気を出そうとしなくてもいいでしょう。
今日できることを、小さくしてみてもいいでしょう。
机に向かうだけ。
必要なものを一つ準備するだけ。
深呼吸をして、五分だけ取り組んでみる。
それでも難しいなら、今日は休むという選択もあります。
大切なのは、できるかできないかだけで自分を裁かないことです。
今の自分が何を必要としているのかを、丁寧に見てあげることです。
自分への厳しい言葉は、一時的に身体を動かすことがあるかもしれません。
けれど、長く続けば、心はますます縮こまってしまいます。
反対に、今はつらいのだね、と声をかけること。
ここまでよくやってきたね、と認めること。
今日はどこまでならできそう、と尋ねること。
そんな言葉は、止まっていた心に安心を返してくれます。
安心が戻ると、人は少しずつ、自分の力で動き始めます。
もし今日、思うように進めなかったとしても、それだけで一日を失敗にしなくて大丈夫です。
何ができなかったかではなく、どんな気持ちを抱えていたかに目を向けてみてください。
責めるより先に、聞いてみる。
急かすより先に、寄り添ってみる。
その小さな向き合い方が、あなたとあなた自身との関係を、少しずつやわらかくしていきます。
できない自分の中にも、ちゃんと理由があります。
その理由を知ろうとすることは、自分を甘やかすことではありません。
これからも自分と一緒に歩いていくための、静かな理解です。
今日のあなたが、できなかったことではなく、今ここにいる自分へ、少しだけやさしいまなざしを向けられますように。

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